読了メモ「なぜ貧しい国はなくならないのか」
なぜ貧しい国はなくならないのか(大塚啓二郎、日本経済新聞出版社)
開発の世界に関わっていくことを目指す自分にとって知らなかった知るべきこと、考えさせられることを多く含んだ一冊だった。
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*第1章 - 開発経済学とは*
開発途上国の貧困削減のための戦略を研究する学問
大半の開発経済学はミクロ経済
人生の質における一人当たり所得を挙げる重要性
所得と貧困
経済成長(所得上昇)と経済発展(経済の構造的変化)
*第2章 - 貧困は減っているか*
MDGs、中国の劇的な貧困削減、絶対数ではまだまだ減らない南アジア、むしろ増加するSSA
一人当たり所得=家計内労働者比率*労働報酬+一人当たり資産所得
生産年齢人口比率、人口成長3%/年で人口爆発、産業別就業者率、
農村と都市の貧困者比率、農村の貧困原因①土地の非所有②低教育水準③非農業就業機会の乏しさ、所得分配
*第3章 - なぜ貧困を撲滅できないのか*
時間と金のかかるストック蓄積による生産性向上が経済発展の肝、それぞれ補完的
①人的資本(教育など、最重要)
②物的資本(資本・労働比率増加の重要性)
③インフラ(費用があっても届かない、など)
④社会関係資本(Social Capital、市場取引に重要)
⑤知的資本(科学的・技術的・経営的技術)
ODAは海外直接投資FDIに金額で大きく劣るが、市場の失敗しているインフラや教育などに用いられ発展を刺激することで民間投資を促進
優先度と順番のはっきりしない開発戦略、アジアで成功したがアフリカで成功していない緑の革命や工業化、雇用創出の少なく高度教育を要するため所得格差を生みかねないサービス産業
*第4章 - 飢餓は是が非でも避けたい*
AvailabilityとAccessibility、先進国と途上国の配分改善は理想だが非現実的で、貧困地域での安定的な食糧増産が基本方針
食糧不足、所得格差、自給率低下
耕地が膨大にあれば焼畑耕作だが有限下では肥沃度管理と生産性向上が必須
基本は小規模家族経営、賃金が高ければ機械化で労働力代替し大規模化、賃金上昇後も土地が狭く効率化が頭打ちになれば輸入増加へ、アジアが輸入に転じれば食糧価格高騰も
人口増で土地不足のアフリカ、アフリカで主要なトウモロコシと有望なコメ(灌漑設備、畔、平均化、近代品種、肥料)だが普及員不足
*第5章 - 東アジアから何を学ぶ*
協調と競争の国際経済、比較優位で分業されればよいが構造変化で競争に転じる、特に後発で途上国が追い付いてきた製造業は激しい国際競争
雇用吸収力が長期的にあまり変化しない製造業、消費増大をまかなう労働生産性の向上、ある国が工業化に成功すれば他国は既存工業の衰退あるいは工業化の失敗に、製造業発展が同時に生じ貧困者に雇用創出は困難
非熟練労働集約的な軽工業、資本集約的な重化学工業、知識集約的なICT、バイオ・ナノテク、だが発展と共に集約性がシフトし拠点が先進国から途上国へ
雁行形態論(Flying Geese Pattern)、資本に乏しい途上国が国際貿易で競争するには低コストを武器に非熟練労働集約的産業を発展させる、中進国なら物的資本、先進国なら人的・知的資本に特化
東アジアの成功:人的・知的資本に即効性のある海外からの学び、比較優位に従った発展、教育熱心で人的資本蓄積
アフリカ:技術ギャップを利用するシステムがない、直接投資や研修を呼び学び工業化、土台としてインフラなど最低限の生産環境
*第6章 - 途上国がしてはいけないこと*
架空の農業国の例:大半の国民が農業従事、比較的少ない耕作可能地と小規模経営、植民地化でプランテーション、前近代的農業技術と低い生産性、ずさんな管理ではげ山状態の国有の山、都市への人口流入
①小作地の没収と移譲:家族などを所有者に加え名義上小規模化、小作人の追放、小作人をシーズン毎で変え移譲先を不明確に(小作人の投資意欲低下)、あふれる農業労働者は農業経営の力不足で生産性低下、所有権の強化は土地への投資に繋がる重要性、アフリカでは人口増による土地の希少化で自然発生、では累進的土地保有課税?
②機械化大規模農業支援:労働者管理の難しい途上国の農業にスケールメリットはない、単に小農に土地購買力がなく存続する生産性の低いプランテーション、だがインフラや加工との連携には存在意義、農家規模と生産性の逆相関、外資のアフリカでの土地買収の失敗、大型機械は土地の均一性や修理などの点で先進国に有利
③社会林業:過剰採取などの共有地の悲劇に対するかつての入会地、しかし森林管理のインセンティブ低下、高付加価値の木材生産性低下
④性急な重化学工業の促進:補助金による過度に資本集約的で不適正な技術採用、だが結局総費用はかさみ低持続性、安価な労働力を生かすべき
⑤大企業優先政策:丸抱えの内部生産は過剰設備などで非効率的、トヨタは大量の下請け、大企業は資金不足でなく投資補助は不要、必要なのは知識技術のスピルオーバーや潜在的成長力を発揮できない資金制約のある企業
⑥最低賃金の倍加:単なる最低賃金の増加は失業者の増加に(労働の需給均衡)、産業の発展による雇用創出とそれによる賃金増加(需要曲線の右シフト)が必要
*第7章 - 途上国が「豊か」になるためにすべきこと*
農業開発:畜産・野菜・果樹・園芸などは小農主体よりも工業化戦略寄り、輸出向けの野菜や果物は商社が種子や肥料・技術指導を提供する契約栽培式、穀物生産こそ市場の失敗がより顕著、有望な作物選定が第一
工業化:中長期的成長力のある産業を育成、文化的・地理的に近い国で発展している産業の振興も見込み有
基本はターゲットの作物・産業の選定と市場の失敗に対応する資本蓄積を図る
社会関係資本:不正取引 → 農村共同体・産業集積の活用・支援・法整備
人的資本:投資資金借用困難 → 一般教育、研修・技術普及(スピルオーバー支援)
知的資本:情報の外部効果 → 研修・研究投資
インフラ:公共財ゆえの過少投資 → 公共投資、工業区や経済特区
物的資本:不完全情報(借り手の能力や行動) → 政策的信用供与
アフリカの農業開発戦略、技術体系の確立された水稲と未確立のトウモロコシ
①知的資本向上:技術移転・技術開発、風土に適した品種・栽培管理
②人的資本向上:栽培技術普及、普及員の不足が現状の制約、品種・肥料・畔・平均化
③インフラ整備:灌漑・運送・通信インフラ、改良品種普及が灌漑投資の収益率向上に
④物的資本充実:信用の供与と支援、新技術採用による現金支出増加、前貸し
製造業の発展戦略
産業集積による社会関係資本形成、知識のスピルオーバー、労働やサービスのAccessibility、革新の有無がわける停滞型と成長型
資金不足の中での輸入品の模倣からの始発期、創業者利潤と企業増加の量的拡大期、粗悪な大量の製品による値崩れによる採算性悪化、革新(質改善、ブランディング、マーケティング、労務管理など)による質的向上期、革新できない企業の撤退・吸収による企業数減少、産業全体の生産規模拡大による採算性向上
革新の促進:高水準の教育、外国企業での勤務経験、生産者組合の研修など
①人的・知的資本向上:研修と教育による海外技術・経営の導入、有望企業選定
②インフラ整備:工業区建設、集積強化、外資誘致
③物的資本充実:信用供与と支援
農業と製造業の発展戦略の類似性:知的・人的資本→インフラ→物的資本
相違:製造業は産業選択、長期的に学校教育がより重要、資金制約下では工業区振興
近代的サービス産業の発展
資本蓄積の制約や市場の失敗は比較的軽微で政府の役割も小さいが、英語や大学教育は重要、その収益率も増加中
ただし雇用が創出されるのは主に教育のある富裕層
農業国から工業国へ
農業の、前方連関(精米、運送、小売の発展)と後方連関(肥料、農薬、農業機械などへの需要増大)や農民の消費拡大による非農産業の発展への貢献
兼業所得や非農業への就職によるアジアでの貧困削減
発展の連鎖の数量的情報は未だ不足
*第8章 - 世界がもっと真剣に取り組むべきこと*
貧困削減と地球環境の保護の両立、SDGs、環境保護と平等による持続性
環境クズネッツカーブ:所得の増大と共に環境負荷がいったん増加するが、さらなる経済発展により意識や産業構造がシフトし汚染は減少する、逆U字カーブ、公害であれば実現しそうだが気候変動では当てにならない
原油価格とCO2排出量、エネルギー価格上昇がエネルギー節約を強く促す
気候変動の原因、温室効果ガス排出(2007):エネルギー63%(7割先進国)、農業15%(半分以上途上国)、森林減少11%(全て途上国)、工業7%(7割先進国)、廃棄物4%(半々)、世界全体で1990-2010でGHG50%増加、途上国は全体で40%の排出量、削減に差異はあれど途上国の参加も必須
気候変動の被害の75-80%は途上国(World Bank 2009)
Clean Development Mechanism(CDM):先進国による途上国でのGHGの排出削減は先進国分としてカウント
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開発の意義の中心は人生の質に直結する貧困を削減すること...苦しんでいる人たちを助ける、というのは立派なんだけれどまだここがスッと消化できずにいるんだよなあ。
貧困問題において途上国の農村の土地なし農民がメインターゲットで、教育と就業機会が脱出のポイントというのを再認識。これは一見農業を離れる、重要性を低めるようだがそのために農業開発が必要なんだよな。農業に縛られなくするということ。ここでは存在感薄かったけれど、人口の影響とその制御は開発においてもっと語られているはず。
資本の分類はよく整理されて助かった。ODAとFDIの関係性も。これらの包括的な戦略を意識したうえで自分の専門領域に貢献したいな。
食糧は分配より増産の問題という点は長らく気になっていたし、これまでの議論をもっとよく把握したい。小規模家族経営、大規模機械化、そして輸入増加、この流れの進行と要因もより深く理解すべきだろう。
大雑把にしか分かっていなかった世界での分業と産業構造の推移、雁行形態論を中心により具体的に理解できてよかった。だがこの推移の行きつく先はどこなのだろうか。後半で出てきた近代サービス産業による所得格差、また近年のAIによる仕事の代替などを考えれば、雇用は上位層に限られ縮小していく一方なのだろうか。
途上国の大規模農業は成功しないのか、もっと詳細な研究を知りたい。労働者管理は作業支援を兼ねながらドローンやGPSなどの技術で解決不可だろうか。あるいは大規模農業よりも、小規模農家の組織化に活路があるのか。一方で土地の所有権とそれによるインセンティブが生産性に欠かせないのは事実で、自分の今後の取り組みにも大きくかかわるだろう。
野菜・果樹などの作物が工業的というのは聞いていたし分かってきた、市場に任せにくい穀物こそ農業開発のカギというのも分かるのだが、それでも園芸作物への興味は捨てられないなぁ。工業寄りであっても開発が不要ではないのだし、いずれ機会があればこちらの領域にピボットしていくのも面白いだろうな。ターゲット作物、品種改良、栽培技術体系確立、技術普及、インフラ整備、物的資本充実という流れの戦略は納得できるし、こういうフレームワークを理解して個々の役割に徹するべきだろう。こうした戦略のCase Studyをもっとしていきたい。
環境の側面は他産業以上に農業と密接に関係しているし、気候変動に対応する技術開発は今後しばらく必要性が続くように思える。と、現在検討中の進路を正当化してみる。
さて、総括して斬新さはそれほどないが、よく体系化されていて自分にとって学びの多い一冊だった。ここでの全体像をもとに、各論や実例などについてもっと調べていきたい。やはり本当に開発に携わるなら、こうした議論を理解して自分の毎回の仕事の役割を分かったうえで働きたいと思う。