Sweet Brissie life

ブリスベンでのサトウキビ博士研究生活の甘くない備忘録

コラボって楽じゃないね

 

今週は研究の方で動きがあった。

 

一つは兼ねてから取り組んでいたConference paperを提出したこと。もう一つは自分の所属するチームの一部が取り組んでいるプロジェクトのお手伝いを依頼されたこと。どちらも研究としては成果につながることで喜ばしい一方、どちらも他の人と共同で物事を進めることの難しさを感じさせるできごとだった。直接的なタスク管理の苦労がにじんでいたフィールド実験と比べて、これらはどちらかというと成果の扱いとかコミットの程度に関係者の思惑が重なって難しくなってる、気がする。

 

○1件目のConference paper

→実質的に自分と指導教官で進める

→1ヶ月以上前にドラフトを指導教官に提出

→繰り返し催促するも指導教官がギリギリまで返答延ばす

→締め切り前日に仕上げ、他の共著者に直前で申し訳ないと詫びながら確認を依頼

→共著者へ

→最後の最後に修正点があがり慌てて直して提出

こんな状況だった。

 

とりあえず、直前に回覧してフィードバックもらえてるだけとてもありがたいこと。ただこういう慌ただしいやりとりを重ねてたら相手にされなくなるだろうな。正直、これだけ先延ばしするのに共著者への連絡も待つように指示する指導教官の扱いにくさに疲弊する。それでも結局、回覧してるのは自分であって共著者からすれば今回直前になったのは自分の不手際に見えてしまうわけだ。共著者たちは自分と指導教官のやりとりなんぞ知らないし知りたくもない。困ったものである。

 

こういうやりとりも踏まえて早め早めに動かしてかないといけないんだよね、修士の時にも痛感したはずなのにな...まぁ単に自分のキャパとしてもむずい。それに締め切り近づかないと早めに出しても取り組んでくれないんだよな。

 

 

○2件目の他プロジェクトのお手伝い

自分のモデリング関連でやってきたことを他のプロジェクトでもやって欲しい的な。自分のやってきたことが評価される、他でも使ってくれるのは嬉しいこと。それにプロジェクトに関わることによって得られる人的・技術的機会もそこそこ魅力的。

 

でも、日毎に依頼側のアイデアの不透明さが分かってきてなんだか不安を感じさせる。人的・技術的機会というのが協働する本人ではなくその人が「アクセスしようとしてる」先にある、というのも回りくどいし保証もない。今回の件は報酬無し、でも共著者として名前を挙げますよということらしい。自分はまだまだ経験不足で偉そうなこと言えないのだけど、提案してる内容で本当にPublicationできるのかも不安である...

 

この構図どうなんでしょう。頑張って手伝ったところで得られるものは共著者としての名前だけで、それも大したものじゃなさそうだしそもそも確証がない。深入りするとキリがないのは間違いないし浅いレベルでやることに自分にはあんまり意味がない。そういうのをなるべく避けながら、人的ネットワークと技術的学習にこぎつけること。となると、インプットは最低限にしつつ、成果を求められる度にリソースへのアクセスを要求することが基本戦略になるのか。ただ最低限、とはいえ無下に断ったり明らかにショボすぎる仕事したら当人はともかく周囲からの評価下げかねないからなぁ。

 

 

どっちの件にせよ、人と働くってやっかいなものだ。自分はこの辺がすこぶる苦手。

 

自分自身のスキル向上、パフォーマンス発揮に注力してきて、それによって評価されてきた。それ自体は悪くないけれど。

 

他人を巻き込んだり、スムーズに動かしたり、タスクを振ったり。そういうの、大変だよね。